待合室情報

EA025_L

いつもと少し様子が違うな。そう想いながら診察室へ迎え入れると、案のじょう、M子さんはズバリと切り出した。
「先生、私、手術してほしいのです」
まさに籔から棒だ、M子さんは治療にとりかかってまだ一カ月目。手術どころか、検査結果をもとにこれからじっくり治療に取り組もうという状態である。
「でも先生、私、待合室で聞いたんです。卵管を何か手術してもろたら、うまいこと妊娠したって・・・。手術できるなら、早うそうしてほしい思って・・・。」
私のクリニックは、どうしても待ち時間が多くなる。そこで、待合室は雑談の花が咲く。
いろんな体験、かつてかかった医師の評判、うまくいった患者の例、亭主のタナおろし・・・内容はさまざまだが、そこで一番こまるのはM子さんのように「他人のうけた治療を自分にもして
もらいたがる」ということだ。
「あのネ、手術は最後の手段なんですよ。そう、みだりに切るもんじゃない。第一ネ、お腹のなかは本来、真空状態でしょ。
それを空気にさらすことになるわけだから、手術ということは本当に大変なことなんですよ」
早く目的を達したい、という気持ちは、もちろん理解できる。しかし、既製服売場じゃあるまいし、勝手にサイズや好みの色を決めて注文されても応じるわけにはいかないのである。
結婚相手を探し始めようとしているなら、
”待合室情報”の誤りといえば、こんな話も珍しくない。
「確かAさんは私と同じ薬で、同じ治療をしてもろてはったはずです。生理の状態も生活環境もそんなに変わらへんのやから、当然やろうねえ言うて、二人で話し合ったこともあるんですよ。
そやのに先生、なんでAさんだけがうまいこといって、私はまだ妊娠しないんですか!」
素人判断を医療の場に持ち込まれるほど迷惑なことはない。たとえ同じ薬を出していても、注射は同じものであっても、その与え方、使い方は十人十色。
こまかい症状に応じて微妙に異なるのが普通である。
「排卵だって、そうでしょ。先月と今月とでは排卵の状態も時期も一人ひとりみんな違うものなんですよ。だから、薬もそれに応じて変えてゆく。それが生きた治療というものです」
ホルモン剤ひとつ例にとっても、出血をとめる効能と、逆に出血を促す作用がある。要は与え方なのだが、その辺のところは患者さんに一々わかる事柄ではあるまい。
「へ-ん、そんなものなんですかねえ」―”待合室情報”の誤りは、なかなか際限がないようである。

出典: